【質問回答】低用量ピルの血栓症と手術前の休薬期間について

runaberu

低用量ピルに関わる質問をいただきましたので、回答をしてみたいと思います。

この回答については、あくまで1つの意見として参考にしてください。

不安なことについては、主治医や各専門家に確認するようにしてください。

回答にあたり、不足していた知識などもあわせて備忘録としておきます。

質問内容

子宮腺筋症の治療のために薬を使用しておりますが、肝臓ドナーで薬を停止することになっております。

すぐに効果が消える薬なのに 、4週間前休薬の休薬期間の根拠が分からりません。

休薬生理の出血量を考えると 継続した方が安全なくらいなのにとおっしゃってました。(誰かは分からず)

使用薬剤

●ルナベルuld

●ノアルテン錠(代わりに こちらを処方されたため こちらも休薬 該当、期間の根拠など教えてください)

ご返信いただければ幸いです、何卒宜しくお願い致します。

私の回答

まず結論からいうと、ルナベルからノアルテンへの変更については患者背景を考慮しなければ、特に違和感はないと思います。

まず、客観的な事実としてルナベルULDの添付文書(お薬の公式文書)に、下記の記載があります。

「禁忌」(手術前4週以内、術後2週以内、産後4週以内及び長期間安静状態の患者[血液凝固能が亢進され、心血管系の副作用の危険性が高くなることがある。)

どういった手術かにもよりますが、この記載がある以上、手術を予定されている方には使用できないということになります。

一方でノアルテンには、そのような記載がありません。

これが変更の一根拠になると思います。

なぜそのような記載の違いがあるのでしょうか?

それぞれの成分を比較してみましょう。

☆ルナベル配合錠ULD

ノルエチステロン・エチニルエストラジオール

→黄体ホルモンと卵胞ホルモンとの混合剤

☆ノアルテン錠

ノルエチステロン

→黄体ホルモンの単剤

違いは、卵胞ホルモン、別名エストロゲンが含まれているかどうか、です。

なぜ卵胞ホルモンを加えるか?

調べている段階で、ピルの歴史にも少し触れました。

黄体ホルモンだけでもピルとしての効果はでるようなのですが、排卵を抑えるには大量投与が必要で、排卵を抑える効果そのものも不安定になってしまうそうです。

作用を強める卵胞ホルモンが加えられて、現在の「低用量ピル」の主流になったようです。

低用量ピルは、「ミニピル」(黄体ホルモンのみ含まれるピル)に比較して高い避妊効果が得られるとのことです。

今回のケースにように子宮内膜症や子宮腺筋症への適応は、避妊効果を期待したものではありませんが、体内では同様の効果がありますから参考になります。

少し脱線しましたが、特に問題がなければ「卵胞ホルモン」を加えたピルを治療に使用するケースが増えています。

それで、「問題」というのが「卵胞ホルモン」による副作用のリスクが高くなっているケースです。

今回の手術であれば、術後の「長期臥床」(長く横になって安静にしている状態)が想定されます。

その場合、静脈血栓塞栓症といって、血管内に血栓ができて、それが肺に飛んで肺塞栓症→死亡といったリスクがあります。

この副作用は卵胞ホルモンによる影響が強いといわれています。(そのメカニズムは後に記載)

つまり、卵胞ホルモンを含むルナベル錠で心配されるわけですね。

だから、黄体ホルモンのみを含みリスクの少ないノアルテン錠に変更したと考えられます。

ちょっと気になる情報も

ただ調べている段階で少し気になる情報も得ました。

ルナベルなどの低用量ピルを休薬して、また再開すると血栓症のリスクが高くなるというものがありました。質問のなかでもあった「休薬生理の出血量」というのも気になります。

このあたりは「何を優先して、どのリスクをとるか?」という話になるかと思います。

もし手術といっても長期の安静が必要ないのであれば、休薬による体への影響を考慮して、休薬しないという選択肢も当然あるでしょう。

不安であれば、先生の見解も確認してみるとよいでしょう。(医療人として、その判断の根拠や理由を納得のいくように説明することは大切だと思います)

質問の回答はここまでです

低用量ピルを理解する

ここからは、本当に興味がある方が学んでいただければと思います。

そもそも「ピル」ってどのように効くんだっけ?

結構、作用が複雑なので分かりづらいですよね。

補足的な知識も含め復習していきたいと思います。

なぜ月経痛にロキソニンなどのNSAIDsが効果を示すのか?

月経時子宮内膜からはプロスタグランジン(PG)という物質が分泌されます。

このプロスタグランジンが子宮の筋肉に働きかけ子宮を収縮させます。 (これは月経時の血液の排泄には合目的な作用になります)

月経困難症や子宮内膜症では、このプロスタグランジンの産生が過剰であると言われています。

プロスタグランジンにより子宮が過剰収縮すると子宮へ流れ込む血液が減り、子宮が酸欠状態となります。

筋肉が酸欠状態となると、筋肉からの悲鳴として疼痛という症状が引き起こされます。 これを虚血性疼痛とよんでいます。

ロキソニンなどのNSAIDsはプロスタグランジンの生成を抑える物質なので、この痛みを和らげることができるというわけです。

ピルのメカニズムをおさらいする

子宮内膜症や子宮腺筋症が増殖するためには卵胞ホルモン(エストロゲン)という女性ホルモンを必要とします。

それらの疾病を治療するには、「卵胞ホルモンの値を下げる」あるいは「卵胞ホルモンの作用に拮抗する薬」が有効と考えられます。

女性ホルモンは、下垂体から分泌される性腺刺激ホルモンの作用を受けて卵巣から分泌されます。

だから、性腺刺激ホルモンが低下すれば卵巣から分泌される女性ホルモンも低下し、子宮内膜症、子宮腺筋症、子宮筋腫のように、その維持や増殖にエストロゲンを必要とする病変は縮小するのです。

いわば人工的に一時的な閉経状態を作ることになります。

しかし、卵胞ホルモンが低下すると骨が脆くなるといった副作用も生じます。

女性ホルモンには卵胞ホルモンと黄体ホルモン(プロゲステロン)がありますが、正常の月経周期では、先に卵胞ホルモンが作用し、後から黄体ホルモンが作用するというように順番が決まっています。

最初から黄体ホルモンが作用すると卵胞ホルモンは十分に効果を発揮することができません。この現象を逆に利用して最初から黄体ホルモンを作用させて卵胞ホルモンの作用を妨げるホルモン療法が考えられたのです。

ピルの副作用を理解する

女性ホルモンには副作用もあり、低用量ピルは血栓を生ずることがあります。(このため、喫煙者、肥満、血栓既往がある場合には投与できません。)

また、リスクの無い場合でも、服用中に足の急激なむくみや痛み、突然の息切れや胸痛、頭痛や脱力感が現れたら服用を中止して、医療機関を受診する必要があります。

血栓形成の詳しいメカニズム

エストロゲンとプロゲステロンの作用

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エストロゲン(卵胞ホルモン)は一般に、タンパク質(血液凝固因子のタンパクを含む)、特に肝臓でのグロブリン合成を促進する。

一方、生体内の生理的凝固抑制タンパクであるアンチトロンビンを低下させる。

また、もう 1 つの重要な凝固抑制系である活性化プロテイン C(APC)凝固抑制系の中で、プロテイン S (活性化第因子や活性化第因子を失活させる際にcofactorとして APC の作用を助ける)を低下させることから,エストロゲンは凝固促進的に働く。

しかし、脂質に対しては、HDL-コレステロール(C)の上昇、LDL-C の低下をきたし、さらに脂質の抗酸化作用を有するため、抗動脈硬化作用を発揮する。

一方、プロゲステロン(黄体ホルモン)は一般的に LDL-コレステロールなどを上昇させ、脂質代謝異常を誘導しやすいが、特にアンドロゲン作用が強いプロゲステロンほどこの傾向は強くなる。

さらに、プロゲステロンは糖代謝異常やインスリン抵抗性を増加させることにより動脈硬化などの血管障害を誘導しやすい作用もある。

血栓症への関わり

血栓症には、動脈血栓と静脈血栓の2つがあるが、前者は血流の速い部位に形成され、主に血小板凝集塊とそれを結合する細いフィブリン線維からできている。

これに対し,後者は血流の遅い部位に形成され,主に赤血球とその間に散在する大量のフィブリンからなっている。

したがって,動脈血栓の発生には血液凝固の活性化と血小板の活性化の両方が必要であり,通常すでに血管疾患の存在する場合に発症し、最も多いのは粥状動脈硬化がある場合である。

また、静脈血栓は通常血流の停滞しやすい下肢に生じ、凝固系の活性化が必須で、血小板活性化の重要度は低いといわれる。

したがって、一般にエストロゲンの作用は静脈血栓症には促進的に、動脈血栓症には抑制的に働き、プロゲステロンは動脈血栓症に促進的に働くともいえる。

なお、妊娠中や低用量ピル服用中では、in vitro(試験管内)で血漿に活性化プロテイン C(APC)を加えても,活性化部分トロ ンボプラスチン時間(APTT)が延長しにくい。いわゆる後天的な APC レジスタンスという状態になっていることが報告されており、この機序からみても 低用量ピルは凝固促進的に働いている。

以上ですね、最後はちょっと専門的になってしまいましたが、おそらくここまで知りたい方も多いと思うので、備忘録がてらまとめておきました。

分からない点などあれば、コメントでもいただければと思います。

参考:日産婦誌54巻9号、各添付文書、インタビューフォーム、関連サイト

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コメント

  1. ミレーナ装着によって高血圧を患っている51歳女性 より:

    子宮腺筋症の治療のためにミレーナを装着して1年7ヶ月経ちました。(51歳です)その間、次第に血圧が上がり(最近の最高値は165−113)、更年期のせいかなと思っていたのですが、先週、ろれつが回らない症状が数秒あり、その後1時間ほど雲の上を歩いているような感覚で、まっすぐ歩くことができませんでした。メニエールかもと友人に言われ、そうかなのかなと思いながら、いろいろ調べていたら、ミレーナに高血圧、静脈血栓の副作用があると書かれた以下の英語のサイトに行き当たりました。
    http://www.webmd.com/drugs/2/drug-20420-1518/mirena-intrauterine/levonorgestrel-releasing-3-year-system—intrauterine/details/list-sideeffects
    そこで明後日脳のMRIを撮ってもらう予定なのですが、もし血栓が見つかれば、血栓を溶かす薬を飲むことになるのでしょうか。その場合、生理中の出血が多くなることが考えられると思うのですが、ミレーナ装着前に一回の生理で500ml程度出血があったので、2倍となると1L、大丈夫かとても不安です。何かアドバイスをいただければありがたいです。
    また、血栓症ができやすい状態はいつ頃まで続くのでしょうか。
    マイクロ波アブレーションを検討していますが、万が一、子宮穿孔など合併症が出た場合にはな子開腹して宮全摘出手術に移行するとも病院の説明に書かれているので、その場合、血栓を溶かす薬を飲んでいれば、出血が止まらず出血多量で死亡するという危険が伴うということなのでしょうか。わからないことばかりで困っています。よろしくおねがいいたします。

  2. ミレーナ装着によって高血圧を患っている51歳女性 より:

    >したがって、一般にエストロゲンの作用は静脈血栓症には促進的に、動脈血栓症には抑制的に働き、プロゲステロンは動脈血栓症に促進的に働くともいえる。

    とあるのですが、ミレーナの副作用の中には、静脈血栓、深部静脈血栓などが挙げられています。
    ミレーナは、レボノルゲストレルという成分が子宮内に放出されて、プロゲステロン(黄体ホルモン)になる、あるいはそのような働きをすると製薬会社の人に昨日電話で説明を受けたのですが、この場合についてもやはり「動脈血栓症に促進的に働く」ことも考えるべきでしょうか。
    どのような薬が今の私の症状に必要なのかがわからず不安です。
    受診している産婦人科医、内科医、脳外科医(昨日はまさかの問診だけ)、全てミレーナの副作用について何も知識を持たれていませんでした。産婦人科医以外は、ミレーナを飲み薬だと思われていました。

    • しゅがあ より:

      ご質問いただきありがとうございます。
      すごくご不安な気持ち、お察しいたします。

      私の回答になりますが、長くなりましたので別記事で用意させていただきました。
      https://next-pharmacist.net/archives/6023

      もしよろしければ参考になさってください。