ここ数日、神経について詳しく学んでいて、色々と分かったことがあったのでシェアしておこうと思います。
今回のテーマは「静止膜電位」です。
あらためて「薬」がどうやって効くかを考えてみると、麻酔薬、抗不整脈薬、強心薬、向精神薬、睡眠薬など、ほとんどが神経伝達だったり、細胞膜上で起こる現象に関連していることに気づきます。
また、生体のすべての反応は電気的な力をベースにして起こっています。そういった意味でも、人体の原理を考える上で基礎の土台になる大切な内容になります。
この記事では、そもそも、なぜ細胞膜に電位なんて発生しているのか?という素朴な疑問から、それを体はどう利用しているのかというところまでを学んでいきたいと思います。
目次
静止膜電位とは何か?
細胞膜について学ぶときに、おそらく一番イメージしやすいのが神経細胞なので、今回は神経の細胞膜をイメージして説明していきます。
ここで注意してほしいのが、膜電位というのは神経細胞とか心筋細胞だけじゃなくて、すべての細胞に膜電位は存在するということです。(膜電位が何?っていうのも説明します)
ちなみに念のため「膜」っていうのは、脂質二重膜によってできた細胞膜のことでを指しています。
では、さっそく3つの条件の話から。
「膜電位が生じる3つの条件」です。
そもそも、なんで膜電位なんてものが生じるのか?というお話です。
それはズバリ、
①細胞の内と外のイオン濃度が違う!
②細胞膜が脂質二重膜でできている!
③あるイオンだけが自由に膜を移動できる!
という条件がそろっているからです。
この条件さえそろえば、「自然に」膜電位というものが発生するというのが自然の摂理です。
あくまで自然に。これこそが生命のすごい所です。生命は自然の原理というのものをとてもうまく利用しています。
そして、このしくみは人間だけでなく、すべての生物に採用されています。ですので、このことを理解したということは、すべての生命の原理を理解したといっても過言じゃないと思います。
そのぐらい超、超重要なことです。
では、上の条件について1つ1つ説明していきます。
①細胞の内と外でイオン濃度が違う
「電位」っていうのは、読んで字の如く電気的なものですから当然「電荷」をもったものを使わないと生じさせることはできません。
だから、私たちの体は身近にあった「イオン」を使ったわけです。(体の60%は水からできています。イオンは水に溶けるということからも、すごく使い勝手がよかったんだと思います。)
そのなかで膜電位に強く関わっているのが、Na+イオン、K+イオン、Cl–イオン、Ca2+イオンです。
調べてみると、これらのイオンの濃度は、細胞の内と外とでえらく違っています。
イオン | 細胞外濃度 | 細胞内濃度 |
Na+ | 145mM | 15mM |
K+ | 4mM | 140mM |
Cl– | 122mM | 4.2mM |
Ca2+ | 1.5mM | 1×10-5mM |
全然違いますよね?
どうでしょう、何か気づいたでしょうか?
イオンによって、濃度が逆転していますよね。Na、Cl、Caは細胞外に多くて、Kは細胞内に多いです。この濃度は厳密に維持されています。
まずは、こういった状態で細胞内外のイオン濃度が保たれているということを確認しておきましょう。
じゃあ、なんでこんな濃度差をわざわざ維持しているのか?
もちろん、自然にこんなイオン濃度の差が生まれるわけはありません。
「濃いところから、薄いところへ拡散していく」というのが自然のしくみだったはずです。
ということは、これは細胞自体がせっせとイオンを移動させているはずであり、これについてはある程度しくみが解明されてきています。
たとえば、細胞膜にはNa+/K+-ATPaseというポンプというものがあって、ATPというエネルギーを使って「Naを外に出して、Kを中に入れる」ということ延々と繰り返しているのです。
それぞれのイオンについてこういったポンプのようなものがあって、それで濃度差をつくりだしています。
じゃないと、上記の濃度差というのは自然になくなってしまいますからね^^;
ちなみにATPaseというのはATP(体の基本的なエネルギー物質)を使って何かをするタンパクのことですから、細胞はそこにめちゃくちゃエネルギーを使っているわけです。
衝撃的ですが、最大で細胞内エネルギーの1/4も費やしているといわれています。給料の1/4を家賃に使っているというイメージでしょうか?(正直イタいですよね笑)
でも、それぐらいエネルギーを使ったとしてもこのイオン濃度を差をつくっておくことは重要ってことなんです。
このイオンの濃度差のことを「イオンの濃度勾配(こうばい)」といいます。
イオンの濃度勾配があるということは、もうその時点でイオンが流れる(=電流が流れる)しくみが出来上がったということです。(ダムに水が溜まった状態で、いつでも発電ができるイメージです)
つまり、ダムを門を開くことで、いつでもイオンの流れを生みだして、電流を発生させることができる状態になったのです。
これで1つめの条件が準備できました。
②細胞膜が脂質二重膜でできている!
第2の条件。これは、基本的すぎて見落としがちですが大切な条件です。
細胞の膜が脂質でできているということです。
イオンと脂質というのは、相性が悪いんです。これもまた自然のしくみの1つですが、電荷をもったものともっていないものって相性がよくないのです。
逆に、電荷をもたない分子、極性のない分子はこの膜を簡単に通過します。
つまり、イオンにとってこの脂質二重膜はコンクリートの巨大な壁みたいなもので、その壁を通り抜けることはできないわけです。
もしイオンが細胞膜を簡単に通り抜けてしまったらとしたら、せっかく膨大なエネルギーを使って生み出したイオンの濃度勾配がすぐになくなってしまいます。
細胞膜は、細胞の中身が外に拡散しないようにという意味もありますが、イオンの濃度勾配を守るという大切な役割も備えているのです。
③あるイオンだけが自由に膜を移動できる!
①、②の条件がそろったので、残るは膜の間に電気的な偏り(つまり電位)を生じさせればよいわけです。
ここで、ちょっと疑問に思うのが、そもそもイオンの濃度勾配があるなら、はじめから電位差が生じているんじゃないの!?ということ。(ここ疑問に感じない人は、ごちゃごちゃしてしまうので飛ばしてもらっていいです!)
それに答えてくれる記述ありました。(こういうときに複数の本がないと困るんです!)
(容積の)電気的中性の原理
ある溶液中の正電荷の数は同じ負電荷で常に釣り合いが保たれていることをいう。すべての細胞は細胞内外や細胞外液もまたこの原理に従う。実際には、膜電位は細胞膜のごく近傍で移動するほんのわずかの電荷により形成され、細胞内液および細胞外液の大きな容積内の電荷の分布全体に対するその正味の効果は、無視できるほど小さい。
リッピンコットシリーズ イラストレイテッド生理学より
この記述って地味なんですが、すごく大切な前提条件なんです。
簡単にいうと、細胞内と細胞外それぞれを分けて考えたときに、電荷をもつイオンがたくさんあるけど全体としては電気的には+-ゼロになっていますよ、ということです。
そして、もし溶液中に電気的に偏りがあれば安定した状態を維持することはできないですよー、ということです。
なので、確かに細胞の内と外でイオンの濃度差はあるけれど、それだけでは膜の間で電位差は生まれないということです。
あとから、ネルンスト電位っていうのも説明しますが、特に後半の記述は大切になるので覚えておいてください!
では話をもどして・・・
とりあえず、細胞膜は①、②の条件だけでは膜のところで電位をつくることはできないわけです。
そこで3つ目の条件として、「あるイオンだけに細胞膜の通行許可を出す」のです。
そのイオンは「K+イオン」です。
K+イオンには、リーク(漏洩(ろうえい))チャネルという特別の通路があって、常時、細胞膜の間をある程度行き来できるようになっています。
「K+イオンだけ」というのがポイントです!他のイオンも行き来できるようなったら、これまた電荷の偏りはでなくなってしまいます。(=電位が生じない)
では、なぜK+イオンだけ通れるようになると電位が生じるのか?
電位が生じるしくみ
ここからは図を使ってみていきましょう。
話を簡単にするために、カリウムイオン(K+)とある陰イオン(A-)だけが細胞内に同量あるとしましょう。(シンプルにしていますが、実際の細胞内と同じように考えて問題ないです!)
この状態だと、電気的にはプラマイ・ゼロになっているので、膜に電位というものは発生しません。
ここで、膜に1つチャネルがついています。
このチャネルはK+イオンだけを選択的に通過させるチャネルです。これがリーク(漏洩~ろうえい~)チャネルです。
細胞外にはK+イオンがありませんから、濃度勾配(これを化学勾配ともいう)によって、K+イオンは自然とチャネルを通って、細胞外に流れ出てきます。
どんどんK+イオンが外にながれていくとどうなるでしょうか?
おそらく何の障害もなければ、K+イオンの濃度が細胞の内と外で同じになるまで流れ出ていくはずです。
しかし、実際にはあるところでK+イオンの流出は止まってしまいます。
なぜでしょうか?
それは、細胞内の電気的なバランスが崩れてマイナスに傾くことで、K+イオンの流出を引きとめるような力が働くようになるからです。
この濃度勾配(化学勾配)に逆らうような電気的勾配による引きとめが起こります。
最終的には、この2つの勾配の総和である電気化学勾配によって、K+イオンの移動は行われることになります。
細胞内にあった一部のK+イオンの細胞内から細胞外へ移動したことで、細胞の内側はプラスが不足するために、細胞外と比較してマイナスの電位となります。
この負の電位こそが「静止膜電位」の正体ということになります。
実際の細胞内外には、電荷をもったイオンは複数あるため、もうちょっと話は複雑にはなります。
しかしながら、静止膜電位はほぼK+イオンの流れによって形成されているので、この基本的なモデルをイメージできればOKなのです。
これが、静止膜電位が生じるしくみになります。
静止膜電位がなぜ「-70mV」なのか?
なぜ細胞膜に電位が生じているか?という疑問は解けたでしょうか?
では次に、一般的な神経細胞の静止膜電位が-70mVになるしくみついて説明していきます。
静止膜電位がマイナスになる理由については、これまでの説明でなんとなくイメージできたと思いますが、具体的にどのくらいの電位差になっているかという話になります。
ここで登場するのがネルンストの式といわれているものです。
まあ、こういう式に吐き気を催しちゃう人もいると思うので、細かいところはどうでもいいんです(笑)
要は、細胞の内と外のあるイオンの濃度が分かっていれば、そのイオンの濃度差によって生じる電位差が分かりますよっていう式なのです。
そして、上で説明したように、イオンの移動は濃度勾配と化学勾配(電気的なバランス)によって、あるところで平衡状態になるのでした。(=みかけのイオン移動がとまったようにみえるということ)
この平衡状態になったときに生じている電位差を計算できる式です。
では、実際に計算してみましょう!
<ヒトの体内にある主なイオン濃度>
イオン | 細胞外濃度 | 細胞内濃度 |
Na+ | 145mM | 15mM |
K+ | 4mM | 140mM |
Cl– | 122mM | 4.2mM |
Ca2+ | 1.5mM | 1×10-5mM |
それぞれ式に代入して計算してみると、次のようになります。
Na+イオン:+61mV
K+イオン:ー95mV
Cl-イオン:ー90mV
Ca2+イオン+159mV
これらの電位のことを各イオンの「ネルンスト電位(平衡電位)」といいます。
何を意味しているのかというと、「もしそのイオンがチャネルなどを通って細胞内外を自由に移動できるとしたら」、このくらいの電位が生じますよーというなのです。
ここで1つ思い出してください。
確かに細胞内外で各イオンの濃度勾配はつくられていますが、静止状態の神経細胞で割と自由に移動できるのはK+イオンだけでしたよね?(リークチャネルが常に開いているから)
実際には、K+>(超えられない壁)>Cl->Na+>(超えられない壁)>Ca2+という順序で細胞膜を透過しやすいとされています。
本来の静止膜電位は、これらのイオンが形成する電位差を合計した値になっていて、それを計算するには、ゴールドマンの式というのをつかいます。(興味があれば調べてみてください)
ただ、K+イオン以外のイオンに関しては、常に開いているチャネルがないために静止膜電位に与える影響はK+イオンに比べてはるかに小さいのです。
つまり!静止膜電位は、K+イオンのネルンスト電位に近い値になるはずであり、実際に「-70mV」という値に落ち着いています。
K+イオンのネルンスト電位とぴったり一致しないのは、あくまでリークチャネルをとおしてK+イオンが流出しているので完全に自由な移動ではないこと、他のイオンの影響を多少は受けていることが理由になります。
ここで生じる疑問
これですっきりと納得できればそれでもよいのですが、ちょっとだけ疑問に思ってほしいことがあるのです。
ネルンストの式を使うとき、濃度勾配に従ってイオンの移動が起こっているわけですよね?
たとえば、脱分極するとNaチャネルが開くために、Na+イオンが与える膜電位への影響は急激に増えて、そのネルンスト電位である+61mVに向かって一気に電位が上がっていきます。
と、ここで何か引っかかることがあります。
Na+イオンは細胞内に流れ込んじゃったのだから、細胞内と細胞外のイオン濃度も変わっちゃうではないか・・・?
つまり、イオン濃度が変わってしまうということは、下の表の値は使えないのはないだろうか?という疑問がでてきます。
イオン | 細胞外濃度 | 細胞内濃度 |
Na+ | 145mM | 15mM |
K+ | 4mM | 140mM |
Cl– | 122mM | 4.2mM |
Ca2+ | 1.5mM | 1×10-5mM |
こういう疑問をもって、あれこれ調べていくと新たな事実が発覚するのです。
それは、「脱分極が起ころうとNa+イオンの細胞内外の濃度はほとんど変わらない」という事実です。
いやいや、流れ込んだのだから両者の差は少なくなっていくでしょ?と思ったのですが、いよいよその理由が分かりました。
これまで話してきた一連のお話は、「細胞膜付近」という極めて狭いところの話をしていたのだということです。
細胞全体から見たら、端っこの壁の一部でコソコソ何かしてるなぁみたいなイメージなのです。
リークチャネルからの流出やら脱分極やらで移動するイオンの量というのは、ほんの微々たるもので、それによって細胞内外のイオン濃度が変わるということはなかったのです。
だからこそ、ネルンストの式が使えるわけです、
これ、大事です!
こういう前提となる条件って、あんまり意識する機会は少ないかもしれないですけど、こういう細かいところに注意しないと本当の勉強はできないんです。
僕は脱分極が起こると、Na+イオンがドバ~っと流れ込んできて、細胞外のNa濃度がガクっと落ちて、細胞内のNa濃度がグンと増えるものだって思っていましたから。
よくよく考えてみると、そんなことしてたら連続的に脱分極を起こすことなんてできないし、神経細胞はとんでもなく忙しくなっちゃいますからね。
でも実際には、細胞膜のほんの小さな領域で起こっていることで、神経伝達ってそういう小さな局所的な電気(イオン)の流れが、まわりに次々に伝わっていくものなんですね。
分かる人には分かると思うんですけど、これは僕にとってちょっとした衝撃でした。
というか、これ読んでいる人はぜひ感じてください!
(じゃないと、一生懸命説明してきた意味が半減してしまいます笑)
まとめ
それでは、最後にこれまでの説明をまとめておきます。
私たちの体内には様々なイオンが存在していて、細胞の内と外でエネルギーを使って濃度勾配をつくっている。
カリウムイオンだけが、リークチャネルを通して、ある程度自由に細胞内外を移動できる。そのため、細胞膜付近に負の電位が生じて、それが静止膜電位となる。
約-70mVという静止膜電位に寄与しているのは、主にカリウムイオンなので、そのネルンスト電位に近い値になっている。
という感じでまとめればすごく短くなるんですが、少しでも深く理解してもらうために長い説明になってしまいました^^;
ほんとは脱分極とか、過分極とかも詳しく説明しようとしたんですが、かなり長くなるのでまた別の機会にしたいと思います。
それでは、今回は以上となります。
最後までお読みいただきありがとうございました!
☆非常に頼りになった参考図書
コメント
すごくわかりやすかったです!!
ありがとうございました
ありがとうございます!
すごいわかりやすかったです!
ありがとうございます!
お役にたててよかったです^^
とてもわかりやすい説明、ありがとうございます。
細胞内へのNaイオンが入ってくるところは私も全く同じイメージをもっていたので衝撃でした!
実際は膜付近のほんの少しにしか電位差は起こってなかったんですね。
すっきりしました。
私も知ったときはなるほど!と思いました^^
でないと、あれほど高速かつ繰り返して脱分極や再分極できないですよね。
記事がお役に立ててよかったです!
痒いところに手が届く説明、ありがとうございました。疑問に思ってたところが解決しました
面白く読ませていただきました。
膜電位と言うのはガラス電極を使った微小電極で測定したと思うのですが、
測定部は細胞の中心位で、そこに電気刺激して脱分極していく様子もその電極で記録していたと思うので、膜近傍だけの電位とは思えないのですが、いかがでしょうか。
コメントありがとうございます^^
パッチクランプ法という手法がありまして、こちらを調べていただくと疑問が解決するかもしれません。
詳しくは検索サイトをご参照いただければ幸いです。
こんにちは。
このモデルだと高カリウム血症になった時に細胞の静止膜電位があがるのはどうやって理解したらいいのでしょうか??
ゴールドマンの式から静止膜電位は細胞内外のイオン濃度にも影響を受けます。ゴールドマンの式では分子に細胞外カリウム濃度が含まれるのでカリウム濃度があがれば、静止膜電位はあがると考えられるのですがどうでしょう!
すごくわかりやすかったです。
私は電位依存性チャネルの存在を知ったときに、たいへん生物のすごさに驚いた記憶があります!
とても分かりやすかったです!ありがとうございます。
すごくよくわかりました。ありがとう。”電気的中性の原理”という前提条件を知っておくことが、本当の理解につながるのですね。
長年の疑問が解けた。。。
ありがとう。
今まで読んだどの参考書よりもわかりやすかったです。ありがとうございました。
わかりやすい説明とはこういうことを言うんだよ自称化学コーチのわたなべくん