インスリン製剤の歴史~動物から酵母へ~

ちょっと専門的なところもありますが、興味があればご覧ください。

他の記事(https://next-pharmacist.net/archives/767)でも説明したように、インスリン製剤は当初、ウシやブタの膵臓から抽出・精製された動物インスリンを使用していました。
これを「レギュラーインスリン」といいRegularの「R」をとって、商品名には「R」がつけられました。

今では動物インスリンは使われなくなっています(理由は後で説明します)が、「速効型」の分類に属するインスリン製剤には名残で「R」がつけられています。

その後、亜鉛を加えることでインスリンの結晶化に成功し、それまで90%以上が不純物だったインスリン製剤を高い純度で精製することができるようになったのです。
※この成功は、実験中たまたま容器に残っていた微量の亜鉛によるものでした。
おもしろいことに、いつの時代でも世紀の発見は偶然によるものが多いですね!

さらに、プロタミンというタンパク質にインスリンを結合させることで作用時間の延長が実現しました。これを、イソフェンインスリン製剤(NPH製剤)といい、「中間型」に分類され、商品名には「N」がついています。
NPH~Neutral Protamine Hagedorn(Hagedornさんがプロタミンを使ってつくった中性製剤という意味からきています。)

ここで、ひとまずインスリンの構造についてお話しする必要があります。
insurin

(http://homepage3.nifty.com/rikei-index01/seibutu/insurin.htmlより引用)

このような構造をしていて、21個のアミノ酸からなるA鎖(上の鎖)と30個のアミノ酸からなるB鎖(下の鎖)が2か所でS-S結合した、2本のポリペプチド鎖をなしています。

しかし、ウシは3ヶ所、ブタは1か所のアミノ酸が異なるため、人に投与したときに抗体が産生されアレルギーを引き起こしてしまうことがありました。
簡単に言うと、自分の身体のもとは違う異物だと判断して動物インスリンを攻撃しようとしてしまうのです。

そこで1980年代に登場したのが、遺伝子組み換え技術を用いたヒトインスリン製剤です。
ちょっと難しいですが、どうやって作っているのかというと、ヒトインスリンをコードした遺伝子(DNA)を化学的に合成して、酵母菌や大腸菌に導入してヒト型インスリンをつくってもらうのです。
つまり、菌につくってもらったインスリンを今は注射してるんですね^^
菌さま様ですね!

この新しいインスリン製剤の登場により動物インスリンの時代は終わりました。
そして、技術はさらに進みます。
遺伝子組み換え技術を応用して、インスリンのアミノ酸組成を変えて人為的にその性質を変えたインスリン・アナログへと進化するのです。
これはもはやヒトの身体に元々あるインスリンではなく、その一部が同じという類似物(アナログ)です。

その原理を簡単に説明します。
インスリンは何も手を加えないと、6量体(6つのインスリンがくっつかっている状態)として存在して安定しています。
皮下注射されたインスリンは6量体のままでは毛細血管に入ることはできず、2量体や1量体に解離して(分かれて)から血中に入り全身に届けれられます。

このため、レギュラーインスリンでは皮下注射から作用が現れるのに約30分かかります。
このタイムラグは薬として使うときには使いずらいので、「6量体の解離を容易にする」あるいは「1量体」 で安定するようにアミノ酸配列を変えたのが、「超速効型」インスリンアナログ製剤です。

これとは逆に、インスリンの効果を長く効かせたい場合もあるのです。
それを「持続型」の製剤と言いますが、インスリンを体内で沈殿させたり、タンパク質と結合させたりすることで、少しずつ全身に広がるように設計したものです。
つまり、今ではインスリンの効く時間を人工的に自由に操れるようになったのです。
インスリンの自己注射をしている人の中には、何種類かの製剤を使い分けている方もいらっしゃいます。これは、24時間安定して持続するインスリンの基礎分泌と、食後の血糖上昇に対応する追加分泌という、生理的なインスリン分泌に近づけるためなのです。

本来であれば、糖尿病は致死的な病気でした。
しかし、このような画期的なインスリン製剤の努力たゆまぬ改良により、長期にわたり普通の生活を送れるようになったのです。

少し難しいところもあったと思いますが、少しでもインスリンについての理解につながったら幸いです。では!

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