精神科では教えてくれない「うつ病」の治し方

今回のテーマは「うつ病」の治し方です。

うつ病を誤魔化すのでなく、治す、方法です。

「うつ」を根本的に改善していくにはどうすればよいのか?

・「自分はもしかしてうつ病なのではないか?」と思い、これから精神科の受診を考えている。

・精神科に通院していても病状が一向によくならず、薬ばかりが増えていき希望がもてない。

・できれば薬なんて飲まずに、この状況をなんとか脱したい。

そんな方々に読んでもらいたい記事です。

では、さっそく本題に入ります。

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精神科ではうつ病は治らない

まずは、以前に書いたこちらの記事をご覧ください。

精神科医はすべて詐欺師なのか?~精神科では治らない理由~

精神科(心療内科)の構造的な問題点を説明しました。

実際に精神科に通われて、大変な思いをされた方のコメントもご参考にしてみてください。

大なり小なり、こういったことが現実の医療で行われているわけです。

断言します。

精神科では、うつ病は治らない。

理由はとてもシンプルです。

「精神科は、あなたの現実を変えてはくれないから」

です。

精神科がもたらすものは、

「偽りの癒しと束の間のごまかし」

です。

まずは、このことを理解しておいてください。

その上で、精神科を利用してください。

偽りの癒しと束の間のごまかしとは「薬」です。

詳しくは上記の記事を参考いただきたいのですが、簡単にいえば薬がやってくれるのは、あなたの脳内の「情報操作のみ」です。

しかし、うつ病になった「原因」は、

もともとあなたの脳内にありません。

原因が存在するのは、あなたの「現実」です。

薬は現実を変えてはくれません。

うつ病の治し方

薬でうつ病は治せない。

では、一体どうしたらいいのか?

今回は3つの方法を紹介します。

①環境を変える

うつ病のそもそもの原因はなんだろうか?

そう問われたとき、

おそらくほとんどの方が自分のおかれた「環境(境遇)」と答えるでしょう。

ならば、

「環境」を変える。

最もシンプルかつ強力な方法であり、根本的な解決の第一歩です。

中にはこう言う人もいるでしょう。

「あんた、他人事だからそんなに簡単に言えるんだろ?無責任だ!」

そういう方には、

私はこう言います。

「あなたの命より大切なものってありますか?

ここで変えなかったら、あなたは死にますよ。」

うつ病は「死」に直結します。

あなたをうつにさせる「モノ」が、必ずあるはずです。

それは、あなたのすごく身近にあるはずです。

地球の裏側の貧困や人種差別を理由に、うつ病になる人はいません。

あなたにすごく身近にあるモノしか、あなたをうつ病にさせることはできないのです。

答えはシンプル。

離れましょう。

今の日本は、とても、とても、とても、恵まれています。

自殺と病気と事故以外で死ぬことはありません。

たとえ嫌なものから離れても、死ぬことはありません。

決断してください。

離れる前にすべきこと

少し抽象的でしたが、悩まれている方は「あ、あれのことだ」とピンと来ているはずです。

「あれ」から離れる前にしてほしいことがあります。

というのも、「あれ」と同じような障害や問題というのは、再び起こりうるからです。

その度に離れていては、やはり時間の問題となるでしょう。

離れる前に、自分なりによく分析をしてください。

「あれ」の何が嫌で、つらかったのか?

自分に否はなかったか?

何かやれることはなかったか?

「あれ」から離れれば、ほんとうに幸せになれるのか?

つらくても、一つ一つ考えていってください。

最後に「離れること」に対して、心から自分が「納得」できることを確かめてください。

やり残したことがあれば、必ず離れる前にやっておくこと。

このプロセスを踏むことで、ただの逃げではなく、未来の糧となり「自信」になるはずです。

もう一つ大切なこと。

それは、先のことを考えすぎないこと。

うつの気分で先のことを考えても、美しい未来は描けません。

先のことは考えず、まず離れてみてください。

まずは、離れてから。

そこから、新たな気持ちと健康な思考で、一歩ずつ再スタートしましょう。

②精神(こころ)を磨く

離れることと同時にやってほしいことがあります。

精神を磨き、鍛えることです。

これなくしては、ただの逃げ、です。

環境を変えても、すぐに「うつ」になってしまうことでしょう。

では、具体的にどうするか?

辛い経験をして、それを人生の糧にして道を切り開いていく。これも方法の一つです。

しかし、これでは辛い経験を幾度となく乗り越えていかねばなりません。

そもそも、これができる人はうつ病にならない、かもしれませんね。

ゆえに、「学ぶ」のです。

うつ病になってしまったということは、必ず1つは「悩み」を抱えているはずです。

悩みを解決するには、これまでとは違う次元の「思考」や新しい「視点」が必要です。

イメージとしては、迷路に迷った状況を想像してみてください。

この時、もし鳥のように上から俯瞰(ふかん)できる目をもっていたら、迷路からの脱出はすごく楽になりますよね。

うつになった状態というのは、人生の迷路に迷っているのです。

鳥の目をたくさん手に入れていくこと、それが「精神を磨く」ということです。

ここで注意すべきは、巷にあふれる怪しい「宗教」にハマらないこと。

よりどころにすべきは、宗教団体の掲げる「名のついた神」ではなく、自分の中の神=精神(こころ)です。

宗教から学ぶべきは考え方や生きるための哲学です。

大切なお金を貢いで、助けてもらうことではありません。

先人たちが、あなたと同じ問題をかかえ、死ぬほど悩み、考え、いくつもの道を残してくれています。

それらを学び、活かしてください。

人の話を聴け

うつ病になるヤツは人の話を聴かない。

私がこれまでの経験で強く感じてきたことです。

「話を聞く」と「話を聴く」とはまったく違います。

俗にいう「病んでる人」は、本当の意味で人の話を聴いていないことが多い。

一方的に自分の不満や悩みを他人に話すだけで、その相手からの助言は右から左に受け流しています。

それでは、悩みを打破するきっかけは絶対に得られません。

新しい視点や考え方が自分のなかに全く入ってこないからです。

しまいには、「私は理解されない、生きていく意味なんてない」などというトンデモな思考に勝手に陥っています。

その超自己中な姿勢を改めなくては、絶対にうつの闇からは抜け出せません。

あなたは、目の前の相談してくれた人から贈られた1つ1つの大切な「言葉」「ヒント」に、素直な気持ちで心から耳を傾けていたでしょうか?

もう一度、振り返ってみてください。

③比較をやめる

これが3つ目。

比較をやめる、ということ。

自分と誰かと比較して気分が落ち込む。

これ、結構ありますよね。

他人と比較して自分が元気になるなら、まだマシ。

「あ~あの人はいいよなぁ。ずるいなぁ。一方自分なんて…。」と勝手に比較して「うつ」になっているのは本当に無意味です。

目標として、努力の糧にするのなら素晴らしい。

しかし、人間は弱い生き物です。

少し気がゆるむと、ひがみや妬みの魔物が襲ってきます。

これらの感情は「弱肉強食」という自然の摂理のなかで、人間が生き残るために必要だった「動物的」な感情です。

しかし、人間としての成功は、これよりも高いレベルにあります。

これまでのあなたの人生において、ひがみや妬みといった感情から幸せは生まれたでしょうか?

今ここから、そういった感情とはさっさとオサラバしましょう。

ちなみに、短期的な効果しかありませんが、人の苦労を知り「自分の苦労がいかに小さいものだと認識する」というのは、時に有効です。

これは新たな視点を持つことにもつながりますが、どうせ比較するなら自分が頑張れるほうにもっていきましょう。

人生において、「比較」とは自己と他者の距離をはかるものであって、一喜一憂するものではありません。

あなたの人生は、どんな道であっても、あなたにしか生きられないものであって、それ自体に価値があるものです。

貧乏にしかできない体験、金持ちにしかできない体験、どっちに価値があるなんて指標はないのです。

他人と比較することをやめ、自分だけの人生を生きることに集中する。

これで解消するストレスも少なくないでしょう。

抗うつ薬の使い方

以上、細かい解説をすればキリがないのですが、うつ病を根本から治す3つの方法を紹介しました。

①環境を変える

②精神を磨く

③比較をやめる

これらから始めていくことが、うつ病克服の第一歩となります。

では、これらの過程で「薬」をどう役立てられるか、について少し触れたいと思います。

冒頭で述べた通り、精神科に行っても、薬を山ほど飲んでも、残念ながら「うつ病」は治りません。

うつ病にさせた自らの現実を変えていかなければ、何も変わらないのです。

これを理解した上で、

それでもなお、元気がまったくでない。

現実を動かすパワーが残っていない。

そんな状況にある人もいるかもしれません。

強いて言えば、ここで薬の力を借りる、という選択肢はあります。

薬の一時的な効果により、精神状態を正常に近い状態にもどし、一歩を踏み出すための踏み台にするという考え方です。

ただし、薬に手を出す前には必ず「現実を変える」道を想定しておくこと。

でないと、薬漬けの廃人コースまっしぐらです。

そうなりたくないのなら、せめてあなたを依存させる医師ではなく、治してくれる医師をみつけてください。

そういう医師の見分け方は、いずれ薬を止めたいという希望を伝えたとき、寄り添って真剣に考えてくれるかどうか、です。

短期間で次々に薬を追加してくる医師からは離れてください。

まずは「医師選び」から始めてください。

もし薬を処方してもらっても、すぐには飲まないように。

それがどんな薬で、あなたの身体にどんな影響を及ぼすのか?、これを必ず自分で調べてください。

この記事を読んでいるのであれば、いくらでも必要な情報は得られるはずです。

納得できるまで調べてください。

そして、最後にもう一度、

「自分は本当にこの薬に頼らなければ、一歩を踏み出せないのか?」と自分に問うこと。

「まだ自分でやれることがある」

そう思うのなら、その薬は机の引き出しにそっとしまってください。

・・・

いかがでしょうか。

ここまでやって、はじめて薬を飲んでほしいのです。

そのくらいあなたの人生を大きく左右する重大なことだと、私は考えています。

おそらく誰もここまで暑苦しくは語らないと思いますが、少しでも多くの人に「まやかしの医療」に振り回されず、主体的な人生を送ってほしいと本気で願っています。

今の自分のできる精一杯の想いを詰め込みました。

何か参考にしていただけたら幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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コメント

  1. 猫好き より:

    精神医療の問題点を浮き彫りにした、しゅがあさんに脱帽です。

    私も、うつを発症した方が自殺されることに凄く胸に痛く感じていましたし、精神的に
    辛い現状に居られる方の少しでも力になれるのなら、心に寄り添えるようにしていきたい。

    そして、自分というものをしっかり持ち、生きていくことへの手助けをしたいと思って
    います。

    薬剤師が何をするんだって言われそうですが、薬に頼らずに生きていく手助けとして、
    方法は考えているだけでも、五つはあります。

    なぜ、薬に頼ってまで、生活する必要があるのか…。それは、私の父が私に残してくれた
    健康すぎる体が証拠として物語っています。

    周りの方々から、健康が服を着て歩いていると言われるぐらい、体の健康さは、普通の
    感覚を超えていると思います。

    話がそれましたが、医療に頼りすぎることが、健康を逆に害してしまっているのではないかとも精神医療においてはあり得るのではないかと感じます。

    自分らしく生きていくことが、それだけ難しくなっているのが現状かもしれません。
    でも、そこを何とか、自分というものを、しっかり見据えれるように、手助けができるのが、医師・薬剤師ではないかと感じています。

    私の将来は、自分で掴む。それぐらいの気概を持てるように、支援していくことができればいいなと思います。

  2. 海部麿 より:

    しゅがあさん

    本当にそのとおりです。  
    十年前にこの文章を読んでいたら、私は薬に苦しめられずにすんだかも知れません。
    今、うつで苦しんでいる方は、是非しゅがあさんの文章を参考にしてください。
    特に薬を飲むことは慎重に考えてからにしてください。薬剤師さんの意見ですから間違いありません。

    私の経験からですが、生活のリズムを壊さないことも大切です。朝起きて、夜眠る。一日三食必ず食べる。それだけです。
    昼夜逆転していると、社会復帰が難しくなります。
    一日一回は外出するというのも良いことです。
    どんなにつらくても、いつか復活するという意思を持って。ファイティングポーズを取り続けてください。

    あきらめずに生きていれば、いつか必ず主体的な人生が送れますよ。

  3. 猫好き より:

    海部磨さん、お久しぶりです。
    その後、いかが過ごされていますか。今回の記事を見て、自分がどういう人間で、どのように生きていくことが必要なのかを、よく考えていくことへの啓発に繋がればと思います。

    自分の健康を自分で守る。これが全てであるという認識で、間違いないです。
    もし、この記事を読まれている方が、苦しんでいるのなら、こう伝えたい。

    自分を貶めるな、自分の声に忠実になれと。

  4. 海部麿 より:

    猫好きさん、元気ですよ。いつもありがとう。

    去年「逃げるは恥だが役に立つ」というドラマがありましたね。内容も面白かったですが、私はこのタイトルが好きです。
    私、12年前に会社から逃げ出す勇気がなくて、心療内科にかかり、長期間薬を服用することになりました。
    半年間の休職を経て会社に戻りましたが、人がうつ状態になるまで追い込むような会社ですから居心地は良くなかったです。
    もし12年前に辞表を出して環境を変えていれば、うつにはならなかったと思います。
    失業保険と退職金で、1年以上ゆっくり過ごしてから再起を図ることも可能でした。

    しかし当時の私に退職という選択肢はありませんでした。昔気質の父が、転職を嫌ったからです。
    私が辞表を出したのは、父が寝たきりになってからです。

    今考えてみれば、80歳を過ぎ運転免許も返納した父が、私が会社で働いているか確認に来るわけもないのですから、さっさと辞めればよかったです。

    私たちは、どうしても周りの顔色を伺ったりして判断を誤ることがあります。
    でも、身体が大事、命が大事。
    自分をうつに追い込むような環境に身を置いてはなりません。
      
    追伸:最近気付きましたが、両手の親指の爪に段が出来ています。
    半年前、精神科の薬を止めたことで体内環境が激変した名残ではないかと思います。やはり強い薬だったのですね。

    • しゅがあ より:

      海部麿さんへ

      コメントありがとうございます。

      「逃げる」という一言には、いろいろな背景や要因が存在していて、すごく深いなぁと思います。

      人によって性格や適正、ストレス耐性は異なりますよね。
      他人がどう思おうが、無理なものは無理、頑張れるところは頑張る、という基準をもつことは大切だと思います。

      「やりたいこと」ではなく、「これだけはやりたくないこと」を決めることで、人生の歯車がうまく回りだすという話もあります。

      全部やりたくない、はただのわがままですけど(笑

      まずは、じっくりと自分と向き合う時間をつくって、自分の心と身体と相談してみてほしいですね。

      海部麿さんのご経験は無駄なんかではなく、それによって本当に困っている方に手を差し伸べることができるはずです。

      今後もぜひ多くの方に正しい道を伝えていってください。

  5. 猫好き より:

    逃げるが勝ちな時はいくらでもあります。
    私も今でも思い出したくないですが、いじめに遭い、自分を極限まで思いつめたことが
    ありました。自殺も考えたぐらいですし、このときから少し親とも揉めていたのでどうしても嫌になりすぎていました。
    でも今になって思うのは、あの時の母の英断のおかげで自分は救われたと思いますし
    学校を休めって言って貰えたのはありがたかったです。
    本当に救われました。
    あの一言がなかったら、今の私はいなかったと思います。
    学校に行かないと、親が心配するから、と思って無理をしている方が心を詰まらせて
    なくなっていきます。
    これほどひどいことはないです。
    うつ症状を発症した場合ももちろん自殺企図がありますが、これはそもそもいじめを
    苦に自殺するのと同じぐらいのレベルではないかと思っています。
    自分の声に忠実であってほしいのは、他人の目での評価に惑わされるのではなく、
    自分がしんどい時は休むと言える意志が必要になるということです。
    自分がそういうしんどい経験をしたからこそ、苦しんでいる方のためになれれば…と
    思います。

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